2018 • Interview • Hiroko Murashima (8)

2018入賞者インタビュー(8)
村島弘子さん

移動は生きることそのものに直結している―だから移動困難者は生活困難者

 

村島弘子(むらしまひろこ)さん
特定非営利活動法人 移動支援Rera 

北海道札幌市の出身で、東日本大震災直後から宮城県石巻市で障害者支援のボランティアとして活動。通院や住宅の片付け、買い物などに出かけたくても移動手段がない高齢者や障害者のために送迎サービスを開始し、その後石巻市に移り住んで、地域の人々にとって欠かせない移動支援を続けています。「暮らしの足」の問題は被災地に限らず誰もが健全な生活を送る上での普遍的な課題と考え、全国でのノウハウの共有やネットワーク化に取り組んでいます。

Q. どのような社会課題に取り組んでいらっしゃるのですか?

私たちは移動支援を専門に行っている団体ですが、移動手段を持たない方というのは他にも生活や健康にたくさんの困りごとを抱えているので、移動支援を通してそういった方々の生きること全体を豊かにすることに取り組んでいます。Rera(レラ)は東日本大震災の救援活動がきっかけで生まれた団体です。特に被害が大きく「最大被災地」と言われている宮城県の石巻地域では、何万台も車が流されてしまって、ほとんどの住民の移動手段がなくなってしまいました。そういう方々の移動手段を一時的に確保しようと始めた活動です。

災害救援として始めた移動の支援だったんですが、続けているうちに、移動できない方がいるという問題は、被災地だけに限った問題ではなく、元々その地域にあった課題が被災によってひどくなっただけだということが見えてきたんですね。だから被災によって移動手段を失った方とか、生活や健康の状態が悪くなった方というのはもちろんいらっしゃるんですけれど、元々移動手段がなくて、健全な生活が送れずに苦労していた方も実はたくさんいらっしゃった。そういういままで目立たなかった課題が、災害がきっかけで表面化して見えるようになり、私たちが触れるようになったんだと思います。

私たちの送迎がないとこれからの生活が維持できないという住民の方々の声がずっと途切れずに私たちのもとに届けられています。震災や災害救援という枠を超えたところで、そういう恒常的な移動の課題を何とかしたいと思って活動を継続し、今までやってきているという状況です。

Q. 移動に支援が必要なのはどういう方々ですか?

私たちが支援をしているのは、定期的に病院に行かないといけないのに、家からの交通手段がないという方、孤立して暮らしている方がほとんどです。ただ、移動の課題を持っている人って、移動しか問題がないっていう人はまずいなくて、たくさんの困りごとを生活の中に持っていて、その中の一つが移動の問題なんですよね。

移動は生きることそのものに直結しています。移動困難者は生活困難者です。

移動できない人は、例えば経済的な問題があったり、社会の中で孤立している面もあったりします。病気や障害、家族関係などいろいろな問題を抱えている方がとても多いので、私たちだけでそういう利用者さんを抱え込むのではなく、様々な支援をしている他の団体とか、他の機関とか、そういうところとなるべく繋がるようにして、みんなでそういう方たちの色んな問題に目を向けようとしています。

暮らしの中でいろんなことに困っている人の困りごとの一つに移動というものがあって、移動手段を提供するという方法でその部分に関わることによって、その人の困りごと全体の中に入って行くことができます。さまざまな困りごとを移動が横串となって横断的に拾い上げることができるんです。その人の暮らしを、移動というものをきっかけに少しでも良くして行くことを目的に、私たちは活動しています。  

心身の不調や孤立などによる移動困難者の送迎活動。一日のべ60~70名ほどを送迎しています。

 

Q. 具体的には日々どんな活動をなさっているんでしょう?

活動の9割の時間を注いでいるのは、当初から行ってきた自宅から病院などへの送迎です。ただ、最初は直接的な送迎だけをやっていたのですが、それだけだと対処療法でしかない。実際に困っている目の前の人を送迎するだけでは、「移動できず健康な暮らしを維持できない」という課題の根本的な解決にはなかなか繋がらないんじゃないかということを段々と意識してくるようになって、送迎以外の活動もするようになりました。その一つとして、5年くらい前から、地域の移動の担い手をもっと増やすために、地域住民向けの送迎講習会を毎年開催するようになりました。また、遊びに行く相手も目的地もないという孤立しがちな人たちのために、2年ほど前から付き添い付きのお出かけ送迎も始めています。
それから、お出かけに困っている人が抱えているような様々な暮らしの困りごとを解決するヒントや、バスなどの乗り方を説明した「いしのまき暮らしとお出かけヒント集」という冊子を作りました。

最近では、7年間続けてきた災害支援から日常支援の活動のノウハウを他の地域でも生かしたいという声があって、「移動支援ハンドブック」というものを今年作りました。

Q. 活動を続ける中で直面している課題はありますか?

組織としての課題は、やっぱり継続ということです。

災害復興という形で活動を始めているので、今の活動資金の半分は震災復興枠の助成金や補助金に頼っているという状況です。一年毎の単年度分の助成金や補助しかないので、毎年3月一杯で助成期間が終わるため、例えば、来年の4月からの資金確保の目処は今の時点では立っていません。

それから被災地で私達が「2020年問題」と呼んでいる問題があります。これは2020年には今まで続いていた支援が大部分終了してしまうという問題です。今受けている補助金もなくなり、復興庁が消滅するとされる年です。でも2021年になったら、今の利用者さんが皆自立して元気に生活を始められるかというとは絶対にそうではないので、震災復興という名前の支援がもし途切れたとしても、私たちの移動がないと生活できない人たちをなんとか守っていかないといけない。そのために、組織がしっかり継続していくための新しい形を考えて行かないといけないので2年前からみんなで話し合いを重ねています。

Q. 活動の成果として誇れることは何でしょう?

一つ大きいのは、移動に困っていた人たちが移動できて、その人たちの暮らしや人生が確実に良くなったという確信はあります。

私たちの活動で命が繋がったと言ってくださる方もいる。そういう人の暮らしや人生が良くなる活動ができたこと、それはやって絶対良かったと思うことです。

乗り合いでのお出かけ送迎の様子。「出て人に会うだけで目的を半分果たした」と言う方も。

Q. これまでの活動で地域や社会に何らかの変化を与えたと感じることはありますか?

そこで暮らしている、特に社会的弱者と呼ばれるような、色々な困難、生き辛さを抱えたたくさんの住民の方々の生活が、一部ではありますが、確実に質のいいものになったと思います。そこは大切な変化だと思います。

Q. 村島さんご自身に変化はありましたか?

色々変わったところはたくさんありますね。

こんなに大切な、必要とされていることに自分の力を役立てられるという、そういう役割をもらえるとは全く思っていませんでした。災害支援のボランティアにきた時は、一時的に避難所のトイレ掃除だけをするくらいのつもりでした。役割をいただけたのは本当に光栄なことだと思っています。

本当に一個人のボランティアとして入ったのですが、ささやかながらも組織の経営というものを担う立場になったことで、その組織を動かして行くために必要なことは何かとか、社会全体の課題やその中の自分たちの役割は何なのかなど、そういう大きい視点で問題を考えたり、本質を捉えたりするようになりました。それまでの生活は全然そんなことをしていなかった。本当に「自分がおもしろおかしく生きていけばそれでいいや」だったのに。そういうところまで考えたり、関われるようになったりしたところはすごく大きく変わったところです。

すごく「重いな」と思うことも多いです。私では全然力不足で全然役に立たない、歯がたたない、ということもたくさんあります。それでもそれなりに聞いてもらえることばや立場を、始めた7年前に比べると少しずつ持てるようになってきているのかなあとは思っています。

心から尊敬できる人にもたくさんお会いする機会をもらって、ものすごく良い刺激をいただいて、自分もたくさん考えるようになりました。一人ひとりの力って実はとても強い、いろんなものを動かしていく事ができるものなんだと知ることができたことも変化だったと思います。